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東京高等裁判所 平成7年(行ケ)87号 判決

アメリカ合衆国

ニューヨーク州 スケネクタデイ リバーロード 1番

原告

ゼネラル・エレクトリック・カンパニー

同代表者

ジエームス・ダブリュ・ミッチェル

同訴訟代理人弁理士

生沼徳二

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 荒井寿光

同指定代理人

長者義久

中山時夫

花岡明子

小池隆

主文

特許庁が平成4年審判第18860号事件について平成6年10月12日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

主文と同旨の判決

2  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「レーザプラズマ溶射装置および方法」とする発明につき、1989年2月8日にしたアメリカ合衆国特許出願に基づく優先権主張をして、平成2年2月8日、特許出願(平成2年特許願第27347号)したが、平成4年6月10日拒絶査定を受けたので、同年10月5日審判を請求し、平成4年審判第18860号事件として審理された結果、平成6年10月12日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年11月30日原告に送達された。

2  本願の特許請求の範囲7に記載の発明(以下「本願発明」という。)の要旨

供給材料の層を基体の上に堆積する方法が、焦点を基体の表面から十分に遠く離して基体が溶融しないようにした、基体の表面より上方に焦点を有するレーザを用意し、レーザ焦点の領域にプラズマを形成し、微粉砕供給材料を上記プラズマに添加してその供給材料の少なくとも一部を溶解し、溶解した供給材料を基体に差し向ける諸工程を含む方法。

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は前項記載のとおりである。

(2)  これに対して、本願出願前に頒布された特開昭61-264168号公報(以下「引用例」という。)の特許請求の範囲(1)には「レーザ光線を集光レンズで収れんして得られる高エネルギ密度部に、溶射材として金属又は無機物の線(ワイヤ)あるいは金属又は無機物の粉末を、それぞれ単独に又は同時に送給して加熱・溶融し、ガス流で被溶射物に向けて吹きつけ、被溶射物表面に溶射膜を得ることを特徴とするレーザ溶射方法。」と記載されている。

(3)  そこで、本願発明を引用例に記載の技術と対比するに、両者は、供給材料の層を基体の上に堆積する方法が、焦点を基体の表面から遠く離して、基体の表面より上方に焦点を有するレーザを用意し、レーザ焦点の領域に、微粉砕供給材料を供給して、その供給材料の少なくとも一部を溶解し、溶解した供給材料を基体に差し向ける諸工程を含む方法である点では一致しているが、次の点で相違する。

イ) レーザの焦点位置について

本願発明では「基体の表面から十分に遠く離して基体が溶融しないようにした」としているのに対し、引用例ではかかる点について直接的開示がない点

ロ) 微粉砕供給原料の溶融及びその供給位置について

本願発明ではレーザ焦点の領域にプラズマを形成し、そこに微粉砕供給材料を添加して、その少なくとも一部を溶解するとしているのに対し、引用例ではそれについて開示がない点

すなわち、引用例では、微粉砕供給材料はレーザ焦点領域に供給され、そこでレーザビームにより、溶解され基体に供給されるのであり、したがって、それにはレーザの焦点の領域にプラズマを形成すること、形成されたプラズマに該材料を添加すること、及びプラズマでその材料の少なくとも一部を溶解することに関しては開示がない。

(4)  これら相違点について検討する。

〈1〉 相違点イについて

引用例においても、図面からわかるように、レーザの焦点と基体とは相当離れており、またレーザ焦点と基体との関係について、引用例では「被溶射物〈14〉に到達するレーザ光線のエネルギ密度は、主として、主ノズル〈9〉と被溶射物〈14〉の間隔とレーザ出力を変えることにより、任意に調節でき、被溶射物表面を適度に加熱しながら溶射できるので、被溶射物と溶射膜の密着度を高めることは可能である」と記載されているように、基体表面を積極的溶融することを開示するところもないし、また形状及び性質に変化をもたらすような過酷な条件下で溶射を実施することを示すところもないことからして、この点で両者間に実質的な差異があるとはいえない。

〈2〉 相違点ロについて

高エネルギーレーザ焦点の領域に、気体が存在する場合には、プラズマが発生することは従前から知られている現象であり、引用例におけるレーザ焦点では金属及びセラミックが溶解する程の高いエネルギーを有するとともに、そこには気体も存在することからすると、そこにおいてもプラズマが発生していうことは十分にあり得ることであり、むしろ発生しているとする方が合理的でさえあり得るのであり、また焦点領域に粉末供給原料が供給されていることからすると、それが発生している場合には該原料はプラズマに添加されているとさえいえる。

そして、ガスプラズマトーチによる溶射のようにプラズマの有するエネルギーを積極的に利用する溶射も存在することからすると、引用例に具体的開示のない先の程度のこと、すなわちレーザ焦点で発生するプラズマの有するエネルギーを利用すべく、レーザ焦点で積極的にプラズマを形成させ、そこに粉末原料を供給して、それにより該原料の少なくとも一部を溶融する程度のことは別段工夫を要することではなく、当業者が適宜採択し得る程度のことである。

また、それによる効果も格別のものとはいえない。

(5)  したがって、本願発明は、本出願前に頒布された引用例に記載された発明に基づいて、当業者が本出願前に容易に発明することができたものと認められるので、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

4  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点(1)ないし(3)は認める。同(4)、(5)は争う。

審決は、相違点イ及びロについての判断を誤り、その結果、本願発明の進歩性の判断を誤ったものであるから、違法として取り消されるべきである。

(1)  取消事由1(相違点イについての判断の誤り)

本願発明においては、基体が溶融しないようにレーザの焦点を基体の表面から十分遠く離してやり、その焦点領域において軸線方向ガス、キャリアガス及び粉末を電離させてプラズマを形成するものである(甲第2号証の1第6頁右下欄7行ないし13行)。

これに対し、引用例に記載のレーザは、ワイヤの先端あるいは粉末を溶融し、かつ、被溶射物表面を加熱するものである(甲第3号証3頁左上欄18行ないし右上欄1行)。金属粒子を金属層に結合する場合に、金属層が溶融して金属粒子と合金層が形成されると密着性が良くなることが知られているから(甲第4号証1686頁6行ないし10行)、密着性を改善することを目的とする引用例のものにおいて、被溶射物表面が溶融すると考えるのが合理的といえる。

したがって、本願発明と引用例に記載のものは、共にレーザの焦点が基体あるいは被溶射物表面から離れているとはいえ、レーザが基体あるいは被溶射物表面に与える影響は全く異なるもので、「この点で両者間に実質的な差異があるとはいえない」とした審決の判断は誤りである。

(2)  取消事由2(相違点ロについての判断の誤り)

〈1〉 プラズマを利用するためには、気体をイオンと電子とに電離させて、ある容積内にイオンと電子の集合する領域を発生させ、継続させる条件を意図的に作らなければならない。プラズマが偶発的に発生しただけでは利用できない。

しかし、引用例には、プラズマを発生させることについては全く記載がない。しかも、レーザを被溶射物表面に職て加熱し、被溶射物表面に到達するレーザ光線のエネルギ密度を調整しながら加熱するのであるから(甲第3号証3頁左下欄16行ないし右下欄1行)、レーザを吸収してしまうプラズマを被溶射物表面とレーザとの間に発生、介在させたのでは、被溶射物の加熱にレーザを有効に利用できない。

したがって、引用例発明においては、プラズマを発生させるべきでなく、発生していないと認められるべきであって、引用例のものについて、「プラズマが発生していることは十分あり得ることであり、むしろ発生しているとする方が合理的でさえあり得る」とした審決の認定、判断は誤りである。

〈2〉 引用例発明は、プラズマ溶射法等の溶射法が、溶射膜と被溶射物との間の密着度の信頼性の面では十分ではないという認識のもとに(甲第3号証2頁右上欄16行ないし左下欄4行)、密着度を高めるために被溶射物表面をレーザで加熱しながら溶射材を溶射するというレーザ溶射を採用したのである(同号証3頁左上欄18行ないし右上欄1行、左下欄16行ないし右下欄1行)。したがって、プラズマ溶射法を否定している引用例の記載から、レーザ焦点で積極的にプラズマを形成させる構成は、当業者が適宜採択し得る程度のこととは認められないものである。しかも、引用例にはプラズマを形成維持させる方法を示す記載がない。本願発明では、微粉末供給材料の一部もプラズマの維持に寄与し、該材料の溶融及び非溶融部分が基体上の堆積を構成するのに対し、引用例にはかかる構成を示す記載が一切ない。引用例において、レーザ焦点に供給されるワイヤの先端あるいは粉末は加熱、溶融されて溶滴として被溶射物に向けて吹きつけられて溶射膜を得ることが示されているのみである。したがって、引用例発明において、ワイヤ先端あるいは粉末の一部のみ溶融して、残りをプラズマの維持、あるいは非溶融状態で被溶射物に向けて吹きつけることは、当業者が適宜採択する範囲を超えたものである。

上記のとおりであるから、「レーザ焦点で積極的にプラズマを形成させ、そこに粉末原料を供給して、それにより該原料の少なくとも一部を溶融する程度のことは別段工夫を要することではなく、当業者が適宜採択し得る程度のことである。」とした審決の判断は誤りである。

〈3〉 本願発明では、レーザの焦点が基体の表面より十分に遠く離れていることと相まって、レーザ焦点の領域にプラズマを形成する構成により、基体表面がレーザにより直接加熱されることがないので基体は溶融されることがなく、基体の冶金学的組織が変わらない効果を有する。また、このプラズマに微粉末供給材料を添加する構成により、ある種の用途では供給材料の一部は非溶融状態で基体上に堆積することができ、材料がセラモック粉末の場合には耐摩耗性の被膜を得ることができる効果を有する。本願発明のこのような効果は引用例発明からは全く予測し得ないことである。

したがって、本願発明の効果につき「格別のものとはいえない」とした審決の判断は誤りである。

〈4〉 以上のとおりであって、相違点ロについての審決の判断は誤りである。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。審決の認定、判断は正当であって、原告主張の誤りはない。

2  反論

(1)  取消事由1について

本願発明においては、引用例発明と同じく、レーザが基体を直接加熱するが、レーザ焦点が基体の表面から十分離れているから、基体表面は溶融せず、かつ、基体の加熱程度はノズル高さの調節が制御される。

引用例には、「被溶射物〈14〉に到達するレーザ光線のエネルギ密度は、主ノズル〈9〉と被溶射物〈14〉の間隔とレーザ出力を変えることにより、任意に調整でき、被溶射物表面を適度に加熱しながら溶射できるので、被溶射物と溶射膜の密着度を高めることも可能である。」(甲第3号証3頁左下欄16行ないし右下欄1行)ことが記載されている。

そして、溶射技術において、被溶射物を予熱することにより被溶射物と溶射膜の密着度が高められるという周知事実を前提として、これをみると、引用例発明は、密着性を改善するために、主ノズルと被溶射物の間隔、すなわちレーザ焦点と基体の間隔を任意に調整することによって、基体表面を上記予熱温度に適度に加熱できるものであることが分かる。

また、引用例には、部材が溶融するほど、あるいは、組織が変化するほど高温に加熱することを示すところもない。なわち、溶融したり、組織変化するほど加熱したら、被膜形成前後で基体の性質が変わることになり、基体と被膜とが相まって、基体単独の場合に比し、より優れた性能を発揮するものである被膜つき構造体において、その期待に反するような、基体が溶融や組織変化を起こすほど加熱するなどということは到底考えられない。

したがって、引用例発明も、レーザ焦点と基体の間隔を調整することによって、加熱程度を制御し、焦点を基体の表面から十分遠くに離して基体が溶融しないようにしているといえる。

上記のとおりであって、相違点イについて、実質的な差異があるとはいえないとした審決の認定、判断に誤りはない。

(2)  取消事由2について

〈1〉 乙第1、第2号証から明らかなように、レーザ光を材料表面に集束して照射し材料を溶融させれば、そのレーザのパワー密度が十分に大きければプラズマが発生することは当業者によく知られていることである。

ところで、引用例(甲第3号証)には、今までに開発、研究されたプラズマ溶射法等の従来法はいずれも、溶射膜と被溶射物との密着度が不十分であったこと(2頁右上欄16行ないし左下欄4行)、密着度の優れた溶射膜を得るために、引用例発明は、溶射条件のうち最も重要である溶射材の高温化を、高エネルギ密度ビームであるレーザ光線を用いることにより可能にしたものであること(2頁左下欄11行ないし19行)が開示されている。すなわち、引用例発明は、レーザを用いることにより、溶射材の高温化を図るものであり、従来のプラズマ溶射法におけるより高温に加熱するものである。また、高温化を図るには、レーザのパワー密度を大きくすべきことも明らかである。

したがって、引用例発明においても、溶射材を高温に加熱するため、レーザのパワー密度は十分大きくされており、その結果プラズマが形成されていると考えるのが自然である。

さらに、乙第5号証の記載からも、引用例発明においてプラズマが形成されていると認めることが妥当である。すなわち、乙第5号証によれば、レーザ溶射に使用するレーザはCo2レーザで、その出力は1~5kwである(41頁表1のレーザ出力の欄)。そして、同号証は引用例発明に関するものであるから、引用例のものも同じレーザを用いるものと解される。これに対して、本願発明のレーザについてみると、「レーザは二酸化炭素レーザを2.5kw以上の出力レベルで連続モードで作動させる。」(甲第2号証の1第7頁右下欄16行ないし18行)と記載され、また実施例の記載から、いずれもレーザ出力は5kw以下である。すなわち、両者はともにCo2レーザを用い、その出力は2.5~5kwの範囲で一致する。してみると、レーザの種類及び出力が一致するのであるから、引用例の焦点におけるパワー密度は本願発明のものと同程度に大きいものと考えられる。そして、本願発明はプラズマが形成されるのであるから、引用例のものにおいてもプラズマが形成されていると解される。

引用例発明において、被溶射物表面を加熱するのは予熱のためであって、高温にする必要はないから、プラズマに一部のレーザが吸収されても、プラズマに吸収されずに通過したレーザを被溶射物表面の加熱に利用することが十分に可能である。したがって、引用例発明がレーザを被溶射物表面の加熱に利用しているからといって、そのことから、引用例発明においてプラズマが発生していることを否定すべきことにはならない。

〈2〉ⅰ)引用例には、ガス溶射法、プラズマ溶射法、線爆溶射法等の今までに開発され、実用化に向けて研究されている溶射法では、密着度の信頼性の面で十分ではないことが記載されている(甲第3号証2頁右上欄16行ないし左下欄4行)。

しかし、上記プラズマ溶射法は、本願出願当時に広く知られていたプラズマ溶射法、すなわち、電気アークでプラズマを形成するプラズマ溶射法のことをいうのであって、レーザによってプラズマを形成する場合をも含むものではないと解すべきである。このことは、本願明細書に「広く実施されている1方法では、電気アークでプラズマを形成する。・・・プラズマ溶射および他の・・・」(甲第2号証の1第3頁右上欄13行ないし左下欄1行)と記載され、電気アークでプラズマを形成するプラズマ溶射法のことを単にプラズマ溶射法と呼んでいることからも明らかである。

引用例の上記記載は、この従来のプラズマ溶射法が、密着度の信頼性の面で十分でないことを示すにとどまるものである。

したがって、引用例は、原告主張のようにレーザを有する高エネルギーを利用してプラズマを形成するプラズマ溶射法まで否定するものではない。

ⅱ)引用例発明は、レーザの収れんした高エネルギ密度部に、溶射材として、金属または無機物の粉末を送給して加熱溶融し、ガス流で被溶射物に向けて吹きつけるものである(特許請求の範囲(1))。また、上記ガスとして、アルゴンまたは酸素、窒素等を用いるものである(特許請求の範囲(2))。

ところで、乙第1号証の記載(22頁左欄16行ないし21行)からも理解できるように、レーザ加工の技術分野において、レーザで材料を溶融、加工する際に、プラズマの発生は特別なものではなく、対策をとることが重要であると考えられるほど容易に生ずるものであると考えられ、また、レーザで材料を溶融するには、プラズマが形成されるようなエネルギー密度を利用するのがむしろ普通であるとされていた。さらに、溶射技術において、プラズマの有するエネルギーを積極的に利用する溶射も知られていた。

してみると、引用例発明において、溶射材の高温化を図り、密着度に優れた溶射膜を得るために、十分に大きなパワー密度の範囲を採用し、そのような範囲として知られている、プラズマを形成する範囲とすることは、当業者が適宜選択し得ることである。

ⅲ)原告は、本願発明は、(a)微粉末供給材料の一部がプラズマの維持に寄与すること、(b)該供給材料の溶融部分が基体上の堆積を構成すること、及び(c)該供給材料の非溶融部分が基体上の堆積を構成することの3事項を同時に発現することが不可欠なものであると主張していると解されるが、上記(a)ないし(c)を発現するには、膜形成に寄与する該材料の一部が溶融し、一部は固体のままで残存していることが必要であり、単にレーザによりプラズマを形成するというだけで生ずるものではない。すなわち、それを発現するためにはレーザの出力などを特定することが必要となる。

しかしながら、本願の特許請求の範囲7には、上記(a)ないし(c)を直接特定するところはなく、またそのために必要な要件、すなわち、これを生ずるに必要なレーザの出力などについて特定するところがないから、原告の上記主張は特許請求の範囲に基づかないものであって失当である。

上記(a)ないし(c)を発現させることは、引用例のレーザ溶射においても適宜採択し得る範囲内のものである。

〈3〉 レーザ溶射において、プラズマの有無に関わらず、レーザ保有のエネルギーは溶射材により吸収され減衰するから、プラズマの発生は基体表面の溶融には影響しない。本願発明においては、堆積速度及び効率を高めるために、レーザ焦点域にプラズマを閉じ込めることが必要である(甲第2号証の1第3頁右下欄18行ないし20行)ところ、その閉じ込め手段を要件としないから、上記堆積速度及び効率の向上効果は格別のものではない。一方、引用例発明においても、溶射材の高温化を図れば、堆積速度や効率が向上するといえるから、引用例発明も上記の向上効果を奏するといえる。

したがって、本願発明のプラズマ領域形成による効果は格別のものではない。

〈4〉 上記のとおりであって、相違点ロについての審決の判断に誤りはない。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであって、書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の要旨)及び3(審決の理由の要点)、並びに、審決の理由の要点(2)(引用例記載事項の摘示)、(3)(本願発明と引用例記載のものとの一致点及び相違点の認定)については、当事者間に争いがない。

2  本願発明の概要

本願明細書(甲第2号証の1・2)によれば、本願発明は、「広範囲の供給材料の微粉砕粒子を高速かつ高効率で堆積できるレーザプラズマ溶射・・・方法を提供する」(甲第2号証の1第3頁左下欄17行ないし19行)ことを目的として、前記要旨のとおりの構成を採用したものであり、「堆積装置内でプラズマを生成して供給材料を溶解するので、溶解した供給材料を固体の溶解していない基体表面に堆積することができる。プラズマは制御可能であり、基体を溶融しない距離に維持される。」(同5頁右上欄14行ないし18行)、「レーザ粉末溶射技術を種々の条件下で実施して、広範な種々の材料および混合物を適切に溶射することができる。」(同9頁頁左下欄8行ないし10行)という作用効果、すなわち、(a)制御可能なプラズマ領域で、溶解した供給材料を、溶融していない基体表面に高速かつ高能率で堆積することができ(堆積速度及び効率の向上)、(b)種々の条件下で、広範な種類の材料及び混合物を適切に溶射することができる(汎用性の確保)という作用効果を奏するものであることが認められる。

そして、本願明細書の発明の詳細な説明の項には、「この発明はレーザプラズマ溶射方法も提供する。この観点からは、供給材料の層を基体の上に堆積する方法が焦点を基体の表面から十分に遠く離して基体が溶融しないように、基体表面より上方に焦点を有するレーザを用意し、レーザ焦点の領域にプラズマを形成し、微粉砕供給材料を上記プラズマに添加してその供給材料の少なくとも一部を溶解し、さらに溶解した供給材料を基体に差し向ける諸工程を含む。」(甲第2号証の1第5頁左上欄末行ないし右上欄8行)、「レーザビーム146のパワー密度は焦点150で最大である。もしもパワー密度がこの位置で十分大きければ、軸線方向ガス、キャリヤガス、粉末およびレーザビームのエネルギーの相互作用の結果としてプラズマ152が生成する。プラズマはイオンと電子との高度に電離した集合体であり、限られた体積内で極めて高い温度に達する。この相互作用領域内で粉末状の供給材料の原子の一部が蒸発する。レーザビームのエネルギーはプラズマ形成ガス原子および蒸発した供給材料原子から電子を奪う。プラズマは一度開始される、すなわち「点火」されると、ガス流およびレーザビームが維持される限り自己保持性になる。微粉砕供給材料の一部はプラズマ中で溶解され、残りの部分は意図的にまたは非意図的に非溶解状態に留まる。」(同6頁右下欄7行ないし7頁左上欄2行)と記載されており、これらの記載によれば、本願発明における「レーザ焦点に形成されるプラズマ領域」は、基体表面に堆積層を形成する微粉砕供給材料の少なくとも一部を溶解するため、パワー密度最大のレーザ焦点域に、軸線方向ガス、キャリヤガス、微粉砕供給材料が供給されることにより、自己保持性のプラズマ領域として形成されるものであることが認められる。

3  取消事由1について

(1)  引用例(甲第3号証)には、「第1図では、高圧ガスノズル〈10〉は、高圧ガスがレーザの光軸〈11〉に沿って流れる場合を例示してあるが、この場合は、溶射材が、被溶射物表面上でレーザが照射されている部分に溶射されるので、被溶射物を加熱しながら溶射するという、他の溶射法にはない、本発明によるレーザ溶射の特徴である。」(3頁左上欄15行ないし右上欄1行)、「被溶射物〈14〉に到達するレーザ光線のエネルギ密度は、主ノズル〈9〉と被溶射物〈14〉の間隔とレーザ出力を変えることにより、任意に調整でき、被溶射物表面を適度に加熱しながら溶射できるので、被溶射物と溶射膜の密着度を高めることも可能である。」(3頁左下欄16行ないし右下欄1行)と記載されており、これらの記載によれば、引用例発明は、レーザで被溶射物表面を加熱しながら溶射することを特徴とするものであり、その加熱の程度は、被溶射物と溶射膜との密着度の向上を図るべく、主ノズルと被溶射物の間隔、及び、レーザ出力を変えることにより調節されるものであることが認められる。

ところで、乙第3号証(金属表面技術協会ライニング部会編「ライニング便覧」日刊工業新聞社 昭和36年4月30日発行)には、「溶射の直前に、その局部表面または品物全体をトーチまたは線材を送らないで溶射機の焔を利用して予熱することが大切である。・・・Moの溶射の場合、表面温度のみに170~260℃に上げると付着力が増加するが、余り高温にすると、表面酸化の問題と不均一加熱の場合歪を生ずる恐れがあるからである。」(524頁下から6行ないし末行)と記載され、乙第4号証(社団法人溶接学会編「改訂3版 溶接便覧」丸善株式会社 昭和52年3月31日発行)には、「各溶射法、装置について、それぞれの適正な溶射条件によって作業を行う。・・・また、素材を過熱すると、被膜の密着性を低下させ、あるいは素材を変形、焼損させることもあるので、素材の表面温度は、原則として、260℃以下に維持する。」(487頁12行ないし19行)と記載されていることが認められ、これらの記載によれば、従来の溶射法において、被溶射物(素材)表面を変形、焼損しない程度の適切な温度(同表面が溶融しない温度)に予熱すると、溶射膜と被溶射物表面との密着度が向上するものであることが認められる。そして、レーザ溶射においても、溶射膜と被溶射物表面との密着性は、従来の溶射法の場合と同様に、被溶射物表面の表面性状に依存するものであると考えられることをも勘案すると、「信頼性のある密着度を持つ溶射膜を簡便に作製し得る」(甲第3号証2頁左下欄7行、8行)ことを目的とする引用例発明においても、レーザによる被溶射物表面の加熱は、同表面が溶融しない温度で行われるものと解するのが相当である。

(2)  甲第4号証(社団法人日本金属学会編「改訂3版金属便覧」丸善株式会社 昭和46年6月25日発行)には、「溶射皮膜と素地との密着性は、溶射粒子と素地との結合状態によるが、一般に化学的結合は生じないといわれている。溶射粒子は高速で素地表面に衝突し、素地の微細な凹凸にくい込んだ状態で急速に冷却し凝固する。融点の高い金属、あるいは粒子径の大きいものほど、すなわち粒子の熱容量の大きなものほど、凝固に時間がかかり、条件によって局部的な溶融が生じ合金化が行なわれ、合金層が形成される。合金層が形成されれば密着性はよくなる。」(1686頁6行ないし10行)と記載されていることが認められるが、上記記載によれば、上記合金層形成による密着度の向上は、溶融状態の溶射粒子が、固相状態の素地表面に高速で衝突することを前提にして得られるものであることが認められる。しかして、素地表面が溶融状態にあれば、同表面に「微細な凹凸」は存在せず、「素地の微細な凹凸にくい込んだ状態」も得られないし、また、溶融状態の溶射粒子が「急速に冷却、凝固」したり、「局部的な溶融」が生じないことは明らかである。

したがって、甲第4号証の上記記載を根拠に、引用例発明においては、被溶射物表面がレーザによって溶融されているとすることはできない。

(3)  以上のとおりであって、引用例発明において、レーザで被溶射物表面を加熱する「加熱の程度」は、被溶射物と溶射膜との密着度の向上を図るべく、被溶射物表面が溶融しない温度範囲内で、主ノズルと被溶射物の間隔、及び、レーザ出力を変えることにより調節されるものであり、レーザ焦点は、同焦点を通過したレーザが所要のエネルギー密度で被溶射物表面に達しても、同表面を溶融することのないような位置にあるものと解するのが相当である。

したがって、レーザの焦点位置について、本願発明と引用例発明との間に実質的な差異があるとはいえないとした審決の判断に誤りはなく、取消事由1は理由がない。

4  取消事由2について

(1)  引用例の特許請求の範囲(1)に「レーザ光線を集光レンズで収れんして得られる高エネルギ密度部に、溶射材として金属又は無機物の線(ワイヤ)あるいは金属又は無機物の粉末を、それぞれ単独に又は同時に送給して加熱・溶融し、ガス流で被溶射物に向けて吹きつけ、被溶射物表面に溶射膜を得ることを特徴とするレーザ溶射方法」と記載されていることは、当事者間に争いがない。

ところで、甲第3号証によれば、引用例発明は、「今までに、ガス溶射法、プラズマ溶射法、線爆溶射法等種々の溶射法が開発され、実用化にむけて研究がなされている。しかし、いずれの方法においても、それぞれ適用される溶射材料は限定されており、しかも溶射膜と被溶射物との間の密着度の信頼性の面では十分とはいえず、この簡便かつ信頼性のある密着度を得る溶射方法及び溶射装置等の開発は今後の重要な研究課題である。」(甲第3号証2頁右上欄16行ないし左下欄4行)との認識から、「信頼性のある密着度を持つ溶射膜を簡便に作製し得る実用的に優れた溶射方法及び溶射装置を提供すること」(2頁左下欄7行ないし9行)を目的として、「溶射条件のうち最も重要である溶射材の高温化が、高エネルギ密度ビームであるレーザ光線を用いることにより可能であり、・・・レーザで高温に活性化された金属を非金属化することも可能である」(2頁左下欄13行ないし18行)という知見に基づき得られたものであって、特許請求の範囲(1)の上記構成を採用したことにより、「各種溶射材料を使って簡便に溶射膜を得ることができる。また、・・・溶射材として金属を用いても、活性雰囲気等によって、非金属の溶射をも可能にすることができる。」(4頁左上欄11行ないし15行)という作用効果を有するものであることが認められる。

そして、甲第3号証には、「本発明の要旨は、レーザ光線を集光レンズで収れんし、溶射材としての金属又は非金属のワイヤに照射し、連続送給する上記金属又は非金属のワイヤの先端を溶融し、あるいは、レーザ光線の収れん部に金属又は無機物の溶射粉末を送給して、これを加熱して、被溶射物に向けて吹きつけられるガスの圧力で上記のワイヤの溶融部もしくは、加熱・溶融した溶射粉末を吹き飛ばしながら、被溶射物表面に溶射すること、並びに金属ワイヤ又は金属粉末を雰囲気調整によって非金属化し、非金属溶射膜形成をも可能にすることを特徴とするレーザによる溶射法及びその装置に存する。」(2頁左下欄松行ないし右下欄11行)、「ワイヤを用いる溶射法の原理は、ワイヤの先端を、高エネルギ密度に収れんしたレーザ光線で加熱・溶融し、高圧ガスノズル〈10〉より噴出させたガスによって被溶射物〈14〉に向けて、溶滴を吹きつけて、溶射膜〈15〉を得ることである。」(3頁左下欄8行ないし12行)と記載されていることが認められ、これらの記載によれば、引用例発明における「レーザ光線を集光レンズで収れんして得られる高エネルギ密度部」は、被溶射物表面に溶射膜を形成する溶射材(金属又は非金属のワイヤ、金属又は無機物の粉末)を、高温に加熱し、溶融するために形成されるものであることが認められる。

上記各認定によれば、引用例発明は、従来の溶射法では、適用できる溶射材料に制限があり、溶射膜と被溶射物との間の密着度に十分な信頼性がないという技術的課題を解決するために、最も重要な溶射条件である「溶射材の高温化」に着目し、溶射材を高温に加熱し、溶融するための技術的手段として、「レーザ光線を集光レンズで収れんして得られる高エネルギ密度部」を採用したものであることが認められる。

(2)〈1〉  乙第5号証(「溶接技術 第34巻第8号」産報出版株式会社 昭和61年8月1日発行)によれば、同号証記載のレーザ溶射は、引用例(甲第3号証)の第1図の溶射装置(引用例発明の実施装置)と同じ溶射装置を用い、引用例発明と基本的に同じ溶射法で、レーザ出力1~5kw(使用レーザCo2レーザ)、高圧ガス圧力1~5kg/cm2等所定の溶射条件で実施されたものであることが認められる。他方、本願明細書には、「レーザは二酸化炭素レーザを2.5kw以上の出力レベルで連続モードで作動させる。」(甲第2号証の1第7頁右下欄16行ないし18行)と記載されていることが認められるから、乙第5号証記載のものと本願発明とは、ともにCo2レーザを使用し、その出力が2.5~5kwの範囲で一致していることになる。

しかし、乙第5号証には、上記溶射条件のもとで実施されたレーザ溶射において、プラズマの発生に必要な所要の条件が満たされ、レーザ集光部にプラズマが発生し、かつ、このプラズマ発生が何らかの作用効果を奏したことについては何ら記載されていないし、示唆するところもないから、同号証記載のレーザ溶射において、プラズマが形成されているものと即断することはできない。

したがって、乙第5号証の記載から、引用例発明においてプラズマが形成されているものと認めるのが妥当である旨の被告の主張は採用できない。

〈2〉  乙第1号証(「プレス技術第23巻第6号」日刊工業新聞社 昭和60年5月1日発行)には、「溶融部にレーザ光を照射しつづけると材料は沸騰し、蒸発する。・・・蒸気にレーザ光のエネルギが吸収されるときわめて高温のプラズマ状態〔(d)〕になり、切断や穴あけの加工効率は低下する。」(22頁左欄13行ないし20行)と記載され、レーザ光を照射した時の材料の状態を模式的に書いた「図1レーザビームと材料との相互作用」(22頁)には、プラズマの発生が示されており、各種レーザ加工におけるパワー密度とプラズマ発生との関連性に関し、「レーザビームを集束して高パワー密度の光を材料に照射し、局所的に急速に加熱するのがレーザ加工である。レーザ加工で各種の加工を行うことができるが、パワー密度とレーザ光の照射時間(略)との関係から行い得る加工の種類を図1に示す。」(23頁左欄1行ないし6行)として、「図1ビームパワー密度 パルス幅と加工に適する領域との関係」(23頁)が示されている。また、乙第2号証(川澄博通著「レーザ加工技術」日刊工業新聞社 昭和60年1月28日発行)には、「パワー密度とパルス持続時間とが重要な役割を果たすことがわかる。図3・3は、パワー密度とレーザ照射時間との組合わせによって、どのような加工が行なわれるかを示したものである。」(40頁12行ないし14行)と記載され、「図3・3加工に適するパワー密度とパルス幅の範囲」(40頁)には、プラズマ生成の点が示されていることが認められる。

上記各記載及び上記各図に示されているところによれば、一般に、レーザ集光部に気体(蒸気)が存在する場合には、プラズマが発生することは従前から知られている現象であるということができるが、実際にレーザによりプラズマを発生させるためには、レーザ保有のエネルギーを吸収し得る気体が存在し、所定の雰囲気を形成する必要があること、レーザについては、所定のパワー密度及び照射時間等の所要の条件を満たす必要があること、しかも、レーザ利用の加工技術によっては、レーザ保有のエネルギーを直接効率よく利用するため、被加工材料が溶融し蒸発しても、そのエネルギーを吸収し、被加工材料表面にレーザのエネルギーが到達することを妨げるプラズマが発生しないように、所定のパワー密度と照射時間との関係を制御してレーザ加工を実施する場合もあることが認められる。

そうすると、レーザ利用の技術において、そのエネルギー利用の具体的形態は技術的課題(目的)に応じて異なるものということができ、レーザ保有のエネルギーを直接利用する技術と、レーザによりプラズマ領域を形成しプラズマ保有のエネルギーを利用する技術とは、課題解決のための技術的手段として実質的に相違するものであるということができる。したがって、レーザ溶射技術とレーザプラズマ溶射技術についても実質的に異なる技術であるということができる。

しかして、従来法の一つであるプラズマ溶射法との対比でいえば、引用例発明は、プラズマ溶射法が抱える技術的課題を解決すべく、従来の技術的手段である、プラズマ保有のエネルギーを利用する技術的手段とは実質的に異なる技術的手段として、「レーザ光線を集光レンズで収れんして得られる高エネルギ密度部」を採用したものであって、レーザ集光部の高エネルギ密度部を、直接、溶射材の溶融に利用するという意図をもって発明されたものであり、レーザ集光部でプラズマ領域を形成、維持し、プラズマ保有のエネルギーを利用するという意図のもとに発明されたものではないものと認められる。

上記のとおり、引用例発明は、レーザ集光部の高エネルギ密度部を利用して溶射材を溶融するものであるから、レーザ集光部近傍に溶射材の蒸気が存在することとなり、レーザ集光部近傍にプラズマが発生する場合もあることが予想されるが、引用例(甲第3号証)には、プラズマに係る技術的事項(例えば、プラズマが不可避的に発生すること、そのプラズマ発生が技術的課題の解決に多少なりとも寄与すること等)が何ら記載されていないことからすると、本来、プラズマ保有のエネルギーを利用する意図のない引用例発明は、レーザ集光部近傍におけるプラズマの発生を、技術的課題解決のための付加的な技術的手段としても予定するものとは認められない。

したがって、引用例記載のものにおいて、プラズマが発生するとしても、そのプラズマはレーザの利用に伴い偶発的に発生するものであって、引用例発明に係る技術的課題の解決には何ら寄与しないものとして認識されるものであり、引用例発明の一実施態様として把握することはできないものというべきである。

以上のとおりであって、プラズマの発生は、引用例発明における技術的要素として含まれるものとは認め難いから、引用例発明について、「そこにおいてもプラズマが発生していることは十分にあり得ることであり、むしろ発生しているとする方が合理的でさえあり得る」、「それが発生している場合には該原料はプラズマに添加されているとさえいえる。」とした審決の判断は誤りであるというべきである。

(3)  前記のとおり、本願発明は、供給材料(溶射材)を高速かつ高能率で基体に堆積するという技術的課題を、プラズマ溶射法の一つであるレーザプラズマ溶射法において、レーザプラズマ技術を改良することにより解決するという意図のもとにおいてなされたものであって、当然に、プラズマ保有のエネルギーを技術的手段として採用するものである。

これに対し、引用例発明は、前記のとおり、「レーザ光線を集光レンズで収れんして得られる高エネルギ密度部」を採用し、レーザ集光部の高エネルギ密度部を、直接、溶射材の溶融に利用するといる意図をもって発明されたものであって、プラズマ保有のエネルギーを利用すべく、レーザ焦点で積極的にプラズマ領域を形成することを技術的手段(付加的なものも含めて)として採用することを動機づけるものとは認められない。

被告は、レーザ加工の技術分野おいて、レーザで材料を溶融、加工する際に、プラズマの発生は特別のものではなく、プラズマが形成されるようなエネルギー密度を利用するのが普通であり、溶射技術において、プラズマの有するエネルギーを積極的に利用するものも知られていたから、引用例発明において、溶射材の高温化を図り、密着度に優れた溶射膜を得るために、十分に大きなパワー密度の範囲を採用し、そのような範囲として知られている、プラズマを形成する範囲とすることは、当業者が適宜選択し得ることである旨主張するが、上記のとおり、引用例発明は、密着度の優れた溶射膜を得るために、レーザプラズマ溶射法とは実質的に異なる技術的手段である、レーザ集光部の高エネルギ密度部を、直接、溶射材の溶融に利用する意図をもって発明されたものであるから、引用例発明において、上記事項は適宜選択し得ることであるとは認められない。

審決は、「ガスプラズマトーチによる溶射のようにプラズマの有するエネルギーを積極的に利用する溶射も存在すること」を根拠として、引用例において、「レーザ焦点で発生するプラズマの有するエネルギーを利用すべく、レーザ焦点で積極的にプラズマを形成させ、そこに粉末原料を供給して、それにより該原料の少なくとも一部を溶融する程度のことは別段工夫を要することではなく、当業者が適宜採択し得る程度のことである。」旨判断しているが、前記説示のとおり、レーザ利用の技術とプラズマ利用の技術は、エネルギー利用の具体的形態の点で実質的に異なるものであるから、ガスプラズマトーチによる溶射技術の存在をもって、引用例発明において、上記事項につき当業者が適宜採択し得るものとは認められず、上記判断は誤りであるというべきである。

(4)  本願発明における、制御可能なプラズマ領域で、溶解した供給材料を、溶融していない基体表面に高速かつ高能率で堆積することができるという効果(堆積速度及び効率の向上)は、引用例発明からは容易に想到し得ない技術的手段により直接得られるものであるから、引用例発明からは予測できないものと認められる。

したがって、本願発明の効果につき格別のものとはいえないとした審決の判断は誤りである。

(5)  以上のとおりであるから、相違点ロについての審決の判断は誤りであり、取消事由2は理由がある。

5  よって、原告の本訴請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)

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